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原山の祭り文化について
 
 

皆さん、こんにちは。ご紹介いただきました「原山祭り保存会前会長」の川上です。

 本日はお招きいただきましてありがとうございます。高村校長先生から「私の原山のお祭りに対する思い、考え、学校・地域との連携、および先日の授業参加について」お話をしてほしいとご依頼頂きましたので、僭越ではございますが本日は簡単にお話しさせていただきます。

 私は昭和30年に原山で生まれ、原山小学校を卒業し、現在も原山で自営業を営んでいます。小さい頃、家の近くで「ドンドン、カッカッカッ」という太鼓の音が聞こえると、飛び出して「引き太鼓」の後を追いかけていきました。また小学校の時、夜になると、原山稲荷神社の境内で縁日夜店があり、裸電球の下、針で形を射抜く遊びに興じた記憶があります。それらの記憶は私の心の奥底に残り、現在の私の祭りの原点になっています。

 原山のお祭りは戦後まもなく昭和25年頃に「たる神輿」で始まり、昭和30年つまり原山小学校開校の年に「子供神輿」を始めました。そして「レンタル神輿」を経て、昭和48年、原山地域の皆様のご寄付により念願の「大人神輿」を建立し、それとともに「原山お囃子会」もできて現在に至ります。しかし今から10数年前、前夜祭の夜店に子供たちが来なくなってしまいました。それと同時に「子供神輿」にも集まらなくなってしまったのです。テレビゲームや塾などで忙しい子供たちにとって、お祭りは身近なものではなくなってしまったのでしょう。

危機感を覚えた私たちは、10年前から、業者任せではなく、自分たちで企画・運営して縁日・夜店を始めました。商店会の協力も得て「縁日・夜店のお楽しみ券」を配り、金魚・ヨーヨーすくい、くじ、輪投げ、わたあめなど、全部自前で準備して頑張りました。そうしたら、来るわ来るわ、2日間でのべ500人以上の子供たちが集まってきたのです。これはチャンスだと思い、その時に「子供神輿担ぎ手募集」のポスターと申し込み用紙を掲示しました。また、原山小学校・道祖土小学校・地元自治会の皆様にご協力を頂き、ポスターを貼っていただきました。お陰様でここ数年、子供たちはお神輿とお囃子に参加してくれるようになりました。

そういう歴史を経てきた中で今年6月、高村校長先生から、授業の中で「お囃子」と「お神輿」を子供たちに体験させてほしいという依頼をお受けしました。始めて近くで見るお神輿に、子供たちは興味津々でした・・・始めて叩く太鼓の音に、心躍る様子が見て取れました。そしてお神輿の意味と担ぐルールを説明した後、いっしょに担ぎました。「ワッショイ!ワッショイ!」皆で声を揃え、気持ちと力を合わせて担ぎました。後で皆さんの感想文を先生から頂いたのですが、「肩が痛かったけど楽しかった!」「担いでみて重いのが分かった!「皆で声と力を合わせてやるのが気持ち良かった!」というもので、とても嬉しかったです。

お祭りやお神輿・お囃子は神様や五穀豊穣への感謝の念があって初めて成立するものです。私たちは自分ひとりで生きているのではなく、大自然や両親、地域の人達に助けられ見守られながら生きています。お祭りはそういうことへの感謝と喜びを感じあう場だと思います。今回の体験授業は短時間でしたが、少しでも体で、肌で子供たちが「お祭りの心」を感じてほしいと思いながら参加させていただきました。私も体験させていただく中で、子供たちから「元気」と「素直な気持ち」をいただきました。

伝統文化はその地域の人々の生活の中で受け継がれてきました。地元原山のお祭りもそのひとつです。お祭りという場があることで、人と人が触れ合い、助け合い、慈しむ心が醸成され、そこに地元や自分を愛する心が育ち、結果として他の地域や他人に対して優しくなれる心が養われていくということだと思います。しかし現在の日本は、この人を思いやる心が育ちにくくなっています。だからこそ、これからも学校・地域と連携し、皆様のご協力を頂きながら、原山のお祭り文化を盛り上げていきたいと考えています。また原山のお祭りで、皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

最後に、今年の夏祭りの「子供神輿」には40名以上の子供たちが集まってくれて、養老院に慰問に行くことができました。また「子供お囃子会」にも10名以上の参加を頂いています。校長先生始め皆様に感謝申し上げます。ご清聴をありがとうございました。










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