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明治座公演「かあちゃん」
 
 3月20日、明治座に、藤山直美、中村雅俊主演の「かあちゃん」を観に行った。実に3年ぶりの直美ちゃんのお芝居だ。中村勘三郎さんが亡くなってからは、松竹新喜劇で大笑いするお芝居以外はどうも見に行く元気が出なかったからだ。

 原作:山本周五郎、脚本:鎌田敏夫、脚色・演出:石井ふく子と、お芝居の内容は心配ないと思っていたが、思わぬ敵が存在していた。

 まず、芝居が始まって最初の舞台転換の暗転が3〜4分続いたことだ。普通芝居が始まって観客は「どういうお芝居だろう?」と興味を持つが、暗転があまりにも長いために白けてしまったのだ。もちろん大きな舞台の転換は暗い中で大変な作業だが、もう初日から2週間経っているしもっと素早くやるべきだった。

 次に困ったのは、私の席だ。前から3列目の中央という素晴らしい席にもかかわらず、私の席の前のお客さんが男性で座高が高いために、ほとんど中央の芝居が見えない。明治座の座席の作り方にも問題がある。前の人の頭の横から見るように少し顔を移動して見たが、どうしても集中できずにお芝居に入れなかった。(第二幕からは幸い前の人が隣の人と入れ替わってよく見えるようになったが…)

 お芝居の内容も今一つだった。孤児2人を「物拾い修繕」で生計を立てながら育てた「おかつ」(藤山直美)と、藩のゴタゴタで抜け出した死にぞこないの浪人(中村雅俊)との温かくも悲しい物語だ。孤児が丁稚奉公に出ていったり、生みの親が迎えに来たりして離れていくシーンはほろっとしてしまったが、その他のシーンは「当たり前」のお芝居が進行していく印象だった。

 ハッキリ言えば、直美ちゃんが孤軍奮闘している感じ。シリアスなお芝居の中で直美ちゃんが笑いのシーンを配給するわけだが、共演者に達者な役者がいないので、直美ちゃんがだんだん浮いてしまう。もちろん直美ちゃんは硬軟両方使い分けて共演者とのからみも上手だけど、なんか空回りしている感じだった。色物と堅物が同居して融合するはずがうまく溶け込めていない。だからお芝居全体から感動がいまひとつ伝わってこなかった。

 「かあちゃん」は自分の子供だけではなく、すべての人達に愛情をそそぐ存在だというメッセージを伝えたかったみたいだけど、それがセリフで言われるとはやり引いてしまった。もっと率直に母親との心のやりとりを丹念に表現してほしかった。子役を使うのも一長一短かな・・・。かわいいけど、セリフが聞こえなかったり棒読みになると難しい部分がある。使うんだったら、もっと泣かせてほしかった。

 まあ普通に見れば良いお芝居だったかもしれないけど、長年直美ちゃんのお芝居を観てきた私としては満足のいくお芝居ではなかった。次回はもっと達者な共演者とともに大笑いさせてくれる喜劇を観に行きたいと思った。





劇場前のポスター

明治座内のお土産販売所







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